夢を追いかける」、「自分のやりたいことを貫く」、そう言うととても真っすぐで、希望に満ち溢れたイメージをもちます。でも、人は年を重ねるにつれ、そこにはリスクもあることや現実の厳しさを知るのです。映画『シング・ストリート 未来へのうた』は単なる青春ドラマにとどまらず、何かを諦めている人に一歩を踏み出す勇気をくれる、そんな映画。

主人公の歌声が切ないほど心に響く

この映画は『ONCE ダブリンの街角で』や『はじまりのうた』で知られるジョン・カーニー監督の作品。予告編を観れば、誰しも「バンドを結成して夢を追いかける少年たちの話なんだな」という察しはつきます。

でも、たんなる青春ドラマではありません。少年たちがバンドに取り組む姿にはコメディ要素があり、

――このさき何が起こるんだろう?

というワクワク感もありつつ、彼らが置かれている状況は決して明るいものではないのです。まさに大人の青春映画といったところ。

主人公のコナーを演じるフェルディア・ウォルシュ=ピーロは7歳からソプラノのソリストをしていたというのだから、「そりゃあ歌は上手いでしょう」と思ってしまいますが、単にキレイに歌い上げるだけではありません。

ステージで歌うシーンや、ミュージックビデオのシーンだけでなく、彼が作曲するときにこぼれ落ちるその歌声さえも、背中がゾクリとするような、目頭が熱くなるような。

これは音楽を追求する誠実さ、主人公の抱える心の傷、悩みながらも自分を貫こう、表現しようという想い、そういったものが込められているからこそ、心に響くのでしょう。

それこそ演技だけではなく、映画の演出、80年代のブリティッシュミュージックなど、すべてが混ざり合い、「場」がこの雰囲気を作り出しています。

悲しみと幸せは一緒

主人公のコナーが恋した少女ラフィナの台詞にはハッとさせられるものが多いのですが、「悲しみと幸せは一緒なの」というセリフが胸にささります。

もしこの映画を10代のころに観たとしても、その本当の意味の深さは理解できなかったことでしょう。

私はラフィナに比べ、辛い人生を送ってきたわけではありません。

でも、育児をしているとふと思うことがあるのです。「逃げ出したい」と。「家族がいるのに何故わたしはこんなにも孤独なのか」と。

辛いことも悲しいことも逃げ出したいこともたくさんある。

でも、そのなかに幸せがあるのです。家族みんなが元気だとか、子どもが笑顔で過ごしているとか、誰かが優しくしてくれたとか。

人生は幸せ一色じゃない。みんな多かれ少なかれ、悲しみや辛さも抱えているんですよね。

そう、悲しみと幸せはともにあるのです

この映画にでてくる人たちは、いろいろな問題を抱えています。でもその中で幸せを求めてもがいている。

その先に待つのがハッピーエンドではないとしても、幸せを探すことを諦めたら、幸せなど手に入らないのです。

一歩を踏み出す勇気

大人になると、ある程度結果が見えるようになります。成功だけでなく、あらゆる可能性が脳裏によぎるのです。

お金もない、知人もいない、それでも恋人と異国にわたり成功を夢見る。

若者にはかっこよく映るのかもしれません。でも30過ぎた私からすれば、怖いことだらけ。

 

――海外で頼る人もいないのに住むところとかどうするの?

 

――歌手やモデルとして売れなかったら?帰国のお金はどうするの?

 

きっと、うまくいかなかったら恋人と喧嘩にもなるだろうし、下世話だけど病気になったときの保険とか、手続きとか、国籍とか、そんな所帯じみた心配まで頭に浮かんでしまいます。

そんな自分に気づいて、「年をとったもんだ」と改めて思うのですが、それでも、生きていくというのはそういうことが切っても切り離せないものです。

10代のうちは親の庇護下にあって、そんなこと意識もしませんが、少しずつ親から離れるにつれ、自分のことは自分でしなければいけなくなる。

そのうち、自分の家庭をもち、自分のこと以外もしなければいけなくなる。

そうやって生きていく大変さを知るのです。

だからこそ、行動する前に「自分にできるか、できないか」をある程度判断してしまう。現実的な方法を考えて尻込みしてしまうんです。

それに比べてこの映画の主人公たちは、無謀とも思えるけれど、チャンスを手に入れるため一歩を踏み出します。その身一つで、海を越えていきます。

 

今の生活を抜け出したい人にこそ観てほしい

今の生活を抜け出したい。

そう思ったら一歩を踏み出すしかないということを思い出させてくれるのがこの映画です。

その一歩が成功につながっているのか、失敗に向かっているのか。そんなことは誰にも分りません。

 

でも一歩を踏み出さない限り、なにも変わらないんです。映画の主人公のコナーも、家庭の事情でガラの悪い学校に転校、いじめにあう、両親の不仲、さんざんです。そんな中で出会ったのが大人びた少女のラフィナ。

彼女と関わりたいが故に始めたバンドが、彼に光を与えます。

ほろ苦い恋と、失敗を恐れず突き進み運命を切り開こうとする姿が、大人になった私たちには無謀に思えますが、とても眩しくて羨ましく感じます。

 

普段は全く冴えなくて、ダサくも感じられる主人公のコナーですが、音楽に没頭している瞬間は、別人のように大人びた色っぽさを醸し出します。

 

子どもから大人へ。

 

誰もが通ったはずの青春。懐かしさもありつつ、私たちが忘れてしまったものを思い出させてくれます。

 

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