パソコンにスマホ、家から出なくても大抵のことはできてしまうし、お金さえあれば食べ物も衣類も手に入る。家の修理だって、自分でする必要もない。「なんだか、便利になりすぎてやしないか?」「昔のほうが人間らしく生きていられたんじゃないか?」そんな風に考えてしまうことってありませんか?

例えば、昭和の風景やファッションを見て、「この時代っていいよな~この日本らしい町並みが落ち着くよ」なんて考えたりね。映画『ALWAYS 三丁目の夕日』『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』が好きな人は、私と同じく懐古主義の傾向があるかも。

映画『ミッドナイト・イン・パリ』とは?

まさにこの映画の主人公ギル(オーウェン・ウィルソン)は、過去の時代に憧れる生粋の懐古主義者。パリの街が大好きなんだけど、今のパリじゃなくて1920年代のパリに強い憧れを抱いているんです。私はそういった芸術に詳しいわけではないのですが、主人公のギルが言う「モンマルトルのアパルトマンの屋根裏で小説を書いて暮らしたい」という感じはなんとなく分かります。

時代の流行というか、そういうのに流されて我が家も北欧風の家具ばかりなのですが、平屋の日本家屋にすごく憧れます。真新しい現代風の日本家屋って感じではなく、なんていうんでしょう…夏は軒先に咲く朝顔を縁側から見たり、打ち水をしたり。窓ガラスも、二重ガラスとかじゃなく、昔ならではのちょっとゆがみのあるガラス。

こんなイメージです↓

日本家屋

今こんな感じの家を建てようとしたら、ものすごいお金かかるんじゃないかしら??

たぶん、同じように昔への憧れを持っている人には伝わるんですが、現代の生活やもっと近未来に憧れを抱いている人には「は?なんでそんなこと言ってんの?昔より今のほうが便利でいいじゃん」って言われてしまいますね、きっと。

この映画の主人公ギルも一緒で、婚約者のイネズにそんな話をしても一蹴されてしまいます。イネズにとってはギルが「パリで小説を書きながら暮らしたい」という話も嬉しくない。むしろ、脚本家としてある程度稼いでいるのだから、小説なんか書かずに、脚本で食べて言ってほしいと思っている。

そんな根本的な価値観が違うギルとイネズは、旅行に来たパリでもなんだかすれ違ってしまい、ディナーの後は別行動をとることになります。イネズが他の男とダンスに行くの、そんなに簡単に許しちゃっていいの??という突っ込みはありますが…イネズと男友達を見送り、一人ふらふらとパリの街を歩くギルはふとしたきっかけで、憧れの1920年代にタイムスリップしてしまうんです。憧れのヘミングウェイやピカソなど、偉大な芸術家たちに出会えて有頂天になるギル。

しかし、ふと気づくとまた現代のパリに戻ってきているんですね。

まあ、そんなことをイネズに話しても信じてもらえるわけもなく、「頭がおかしくなったんじゃない?」とイネズは若干キレ気味。結構気性の激しい女性です。結局、ひとりで毎夜毎夜タイムスリップしては芸術家たちと親交を深めていくというのが大筋の流れ。

映画『ミッドナイト・イン・パリ』の魅力

この映画の魅力はまさに懐古主義の本質を付いているという点ではないでしょうか?小説家を目指している青年がタイムスリップして、憧れの芸術家に会うというストーリーを聞くと、芸術家との出会いが彼の作品に影響を及ぼしたり、過去の人間と深くかかわって何か大きな出来事に発展したり…なんてストーリーを思い浮かべていきますが、まったく違います。

芸術家とのかかわりは広く浅くといった感じで、彼らに会うことで興奮したり、喜んだりはするものの、結局誰かひとりと深くかかわるということはほとんどありません。

過去で出会った人や、その人たちと話したことで、自分が書いている小説を見直すきっかけになることもありますが、だからどうといった話ではない。

自分が憧れていた世界に触れることで、「自分が何を大事にしたいか」というギル自身の本当の思いが徐々に見えてきます。映画を観ているほうも、ギルが望んでいるものと、婚約者やその両親の考え方のギャップがどんどん大きくなっていくのを感じざるを得ない。

そして、過去に行くたびにギルは昔の世界観にひたっていくし、小説を書くことに夢中になっていく。この彼の様子が、本当にイキイキとしている。水を得た魚とはこのことです。

じゃあ、そのまま過去を生きることになるかといったら、そうじゃありません。そこがこの映画の肝。

唯一過去の時代で深くかかわることになるのがアドリアナという女性なのですが、実は彼女もギルと同じように過去の時代に憧れを抱く懐古主義者なのです。ギルからすれば、アドリアナが生きている1920年代が黄金時代なのですが、アドリアなからすれば、1920年代よりもっと昔の時代が黄金期なわけです。

心惹かれあうギルとアドリアナですが、懐古主義という点では一緒なのに求めるものにギャップが生まれてしまう。

ここでギルは気づくわけです。過去に生きたとしても、その時代に慣れてしまえば、きっともっと昔を懐かしんでしまうんではないか?ということに。そして、昔を懐かしんだところで、過去には過去の大変さがあるということに。そう、現代では当たり前の医療や制度といったものが整っていないんですよね。ドラマ『JIN-仁ー』を観たことがある人なら想像しやすいと思いますが、着るものから、習慣、医療、食べ物、仕事など、「本当に過去にタイムスリップしたら?」と真面目に考えてみると、そこで生きるというのは本当に大変なことです。

懐古主義の本質とは?

つまり『昔はよかったな~』という懐古主義的な考えには、今ある暮らしが前提となっているんです。今生活している安定した基盤の上から過去を眺めているんですよね。その時代の一部に憧れているのであって、すべてが魅力的なわけではないと言えます。いいところばかりを見過ぎて、過去を美化しすぎている。

つまり、「今では珍しくなってしまったものが恋しい」というわけです。裏を返せば、まだ実現されていないような未来の技術に憧れを抱くのと一緒ですよね。ないものねだりです。

自分が大事にする世界観があればそれを大事にすればいい。昔を懐かしむ、憧れを抱くということは、人間が進歩する過程で失ってきたものや、失いつつあるものに重要性を感じているということなのだから、それを失わないように、取り戻せるようにすればいいだけの話なんです。

でも、新しい技術を実現するのがとても大変なのと一緒で、失ってしまったものを取り戻すのはとても難しい。本当にその世界観を大事にしたいなら、本気で何かしなくちゃいけないのに、「昔はよかったのに~」って嘆いてばかりだから叩かれるし、婚約者からもまともに受け取ってもらえない。「タイムマシンがあればいいのに~」とか「お金があればいいのに~」とか、そういう感じ。

タラレバ言っていてもしょうがない。

「今を生きること」

まずはそこからだよね。その人生にどんな世界観をもってくるかは、それは個人の自由。それに気づき、自分の世界観を大事にして、やりたいことに一歩踏み出したギルの姿はとても清々しかったです。